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大阪地方裁判所 昭和28年(行)71号 判決

原告 湯川清治

被告 豊能税務署長

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対してした原告の昭和二六年分所得税の総所得金額を金三三八、〇〇〇円、これに対する所得税額を金五一、六八〇円と更正した処分のうち、総所得金額金一九九、二三六円をこえ金二九〇、〇〇〇円まで、所得税額金八、六〇〇円をこえ金二九、二六〇円までの部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「原告は、肩書住所で理髪業を営む者であるが、昭和二七年二月二九日被告に対し、昭和二六年分所得税の総所得金額を金一九九、二三六円、これに対する所得税額を金八、六〇〇円として確定申告をしたところ、被告は、右総所得金額を金三三八、〇〇〇円、これに対する所得税額を金五一、六八〇円と更正し、過少申告加算税額を金三〇〇円と決定し、昭和二七年四月七日原告にこれを通知した。原告は、同年五月八日被告に対し再調査の請求をしたところ、被告は右請求の一部を理由ありと認め、総所得金額を金二九〇、〇〇〇円、これに対する所得税額を金二五、二六〇円と右更正処分の一部を取り消し、過少申告加算税額は全部取り消す旨の再調査の決定をし、同年一二月一五日原告にこれを通知した。原告は、さらに昭和二八年一月一九日大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、棄却され、同年六月一四日その通知を受けた。しかし、原告の昭和二六年中における総所得金額は金一九九、二三六円である。被告のした更正所得金額は、再調査の決定によつて一部取り消されたが、なお原告の実情を無視した過大なものであり、このような処分は憲法第一三条、第二九条に違反するから、前記確定申告額をこえる部分の取消を求める。」と述べ、

被告の主張に対し、

「一、原告が被告等の所得金額の調査に対し非協調的であつたということはない、原告は営業帳簿も記帳しその提示もしたが、被告はこれを取り上げてくれず、一方的に所得金額を推計により更正したことは違法である。

二、原告の損益計算書は次のとおりであつて、この金額は正確な記帳と記憶に基くものである。

損益計算書(自昭和二六年一月一日 至同年一二月三一日)

(収入の部) 収入金   四三二、七八〇円

合計    四三二、七八〇円

(支出の部) 人件費   一五六、五〇〇円

消耗品費   一七、七九〇円

修繕費     一、三五〇円

光熱水道費  二一、〇四二円

交際費     二、六五〇円

租税公課   一七、一〇〇円

雑費      三、三六〇円

家賃地代   一三、七五二円

差引利益金 一九九、二三六円

合計    四三二、七八〇円

なお右収入金の月別明細は次のとおりである。

一月     二五、三〇〇円

二月     二九、九五〇円

三月     三四、三一五円

四月     三四、三六五円

五月     三四、八六〇円

六月     三七、一八〇円

七月     四六、四一〇円

八月     三七、四〇〇円

九月     三三、五八〇円

一〇月     三三、七九〇円

一一月     三〇、二〇〇円

一二月     五五、四三〇円

合計    四三二、七八〇円

三、被告主張の三(一)(1)の事実は認める。ただし、営業設備は数年来改善されることなく放置されている実情である。また、原告は、技術研究会への出張や、大阪府理髪理容組合の理事としての公務のため、営業に専念することができなかつたし、さらに、原告は被告の主張するとおり病気入院の間営業に従事しなかつたが、その際年末臨時雇人によつて営業を継続していたことはない。なお、昭和二六年当時、池田市内における同業者の濫立と度重なる理髪料金改訂による顧客の減少のため、原告は経営の維持に腐心し、もつぱら技術の向上と従事員の指導に留意する営業方針をとらざるを得なかつたものである。

四、収入金額について。

(1)  年間営業従事日数が、市村外意二四五日、北浦よし子二七四日、岸本栄二九〇日であることは認めるが、原告自身の従事日数は二〇七日であるから、合計一、〇一六日である。原告自身は、前記のとおり昭和二六年一二月七日から年末まで二五日間病気のため休業し、また前記の技術研究会への出張等のため週二日以上は営業に従事していないほか定休日、正月三日の休業により、二〇七日しか営業に従事していない。

(2)  客一人当りの平均所用時間は四〇分ないし四五分であり、平均料金は金七〇円である。

(3)  原告の営業における従事員一人当りの顧客処理人員は一日平均六名弱、その収入金額は一日平均金四二〇円強である。

五、なお、原告の家族数が原告とも五名であることは認める。」

と述べた。

被告は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実のうち、原告の業務、確定申告、更正決定、再調査決定、審査決定に関する点はいずれも認めるが、被告の再調査の決定は適法、正当である。すなわち、

一、被告は所得税法(昭和二九年法律第五二号による改正前のもの以下同じ。)第四六条の二第三項によつて、原告の所得金額を推計したのであるが、その理由は、昭和二六年九月二一日被告の係官が原告の所得調査のため、また昭和二七年一〇月二四日係官が再調査の請求についての実地調査のため、さらに、昭和二八年五月一六日大阪国税局協議団の係官が審査請求についての調査のため、いずれも原告の営業所におもむき、原告に対し昭和二六年中の帳簿その他の参考資料を提示するよう求めたが原告はその都度その提示をしないばかりか、再調査の請求書に仕入金額内訳明細書を添付しなかつたので、被告がその補正を命じてもこれに応ぜず、収税官吏の所得金額の調査に非協調的であつたからであつて、このような状況において、実額計算により原告の所得金額を算出することはできないから、被告は、原告の営業の従業員の数、店舖の設備等事業の規模その他のあらゆる面から勘案して、収入金額を推計し、これから必要経費を控除してその総所得金額を推計した。

二、被告の認定した金額は次のとおりである。

損益計算書(自昭和二六年一月一日 至同年一二月三一日)

(収入の部) 収入金   五六五、〇一一円

合計    五六五、〇一一円

(支出の部) 雇人費   一五六、五〇〇円

消耗品質   一七、七九〇円

修繕費     一、三五〇円

光熱給水費  二一、〇四二円

組合費     二、六五〇円

公租公課   二四、八〇〇円

雑費      三、三六〇円

家賃     一三、七五二円

差引利益金 三二三、七六七円

合計    五六五、〇一一円

三、右計算の根拠は次のとおりである。

(一)  営業の規模について。

(1) 原告は、池田市栄町商店街に面積八坪の店舖を有し、理髪椅子六台とそれに応じた必要設備器具類及び二間の待合長椅子を営業設備とし、原告が理容師として直接営業に従事していたほか、理容師免許を有する雇人三名がその営業に従事していた。

(2) 昭和二六年中における原告の営業に関する特殊事情としては、

(イ) 原告は理容師としての技術が優秀であつたゝめ、毎適木曜日に技術研究会に出張し、技術指導にあたつていたがその実習時間は主として営業時間終了後の夜間のことであり、従つて営業成績に影響を及ぼすものとは考えられない。

(ロ) 原告は昭和二六年一二月七日頃からすい臓えそのため入院し、同年末まで原告自身は営業に従事することができなかつたが、営業は、原告の家族の監督のもとに、雇人と年末臨時雇人とで経営していた。

(二)  収入金額について。

(1) 理髪業は人の役務を提供するサービス業であり、収入金額の多寡は提供した役務の量と原則的に正比例するものでなければならない。

(2) 池田市における理髪業者の開店時間は午前八時頃で、閉店時間は午後七時頃であるから営業時間は一日につき一一時間である(夏期と冬期とでは若干の相違がある)。右営業時間から食事、準備、客待等に要する時間を除き、従業員の接客する実働時間は営業時間の六割程度であり、一日につき六時間半である。右は理髪業者の時期的な繁閑を考慮した年間の平均であり、原告についても右事情は同様である。

(3) 昭和二六年中における原告の営業の延従事人員日数は、雇人市村外意二四五日、北浦よし子二七四日、岸本栄二九〇日、原告本人二六四日(昭和二六年中の日数三六五日から病気による休業二五日、定休日五二日、一ケ月当りの二日の就業支障日を除いた日数)であつて、合計一、〇七三日である。

(4) 客一人当りに要する時間は、調髪四〇分、洗髪こめ調髪五〇分、二枚刈、丸刈、婦人顔剃各三〇分、子供調髪、オケシ各三五分、男子顔剃二五分、乳児五〇分、子供丸刈二〇分、洗髪一五分が標準であり、各理髪種類の来客状況を加味した客一人当りの平均所用時間は四〇分である。

(5) 昭和二六年中の理髪料金は次のとおりであり、その平均料金は一人当り金七〇円である。

(三月まで)(四月から九月まで)(一〇月以降)

調髪   八〇円    一〇〇円     一二〇円

二枚刈  七〇円     九〇円     一〇〇円

丸刈   六〇円     八〇円      八〇円

男子顔剃 五〇円     六〇円      六〇円

婦人顔剃 五〇円     六〇円      七〇円

子供調髪 五〇円     八〇円      九〇円

子供丸刈 三〇円     四〇円      五〇円

オカツパ 三〇円     四〇円      六〇円

乳児   五〇円     七〇円      七〇円

洗髪     ―     二〇円      三〇円

(6) 以上の事実を綜合すると、原告の営業における年間の

総実働時間は四一八、四七〇分 (6時間半×1,073=418,470分)

来客延人員は一〇、四六一人  (418,470分÷40分≒10,461)

収入金額は金七三二、二七〇円 (70円×10,461=732,270円)

となるから、被告の認定した収入金額五六五、〇一一円は決して過大なものではない。

(三)  なお、原告は昭和二六年中において、事業から生ずる所得以外には収入はなく、従つて同年中に原告の支出した次に掲げる必要経費に算入できない諸費用は、原告の事業所得から賄なわれたものであり、同年中の所得の処分結果を示すものにほかならない。

必要経費以外の支出一覧表

生活費 二一〇、〇〇〇円 家族数は原告とも五名で、一人当り一ケ月平均生活費三、五〇〇円として算出。

医療費   三、三九六円 大阪市福島区日本スペンダーヘ支払。

同       五〇〇円 池田市鈴木中央医院へ支払。

同    六七、八五〇円 同市石原医院へ支払。

所得税  四二、三〇〇円

市民税   四、一七〇円

合計  三二八、二一六円

(四)  このように被告の認定した損益計算書の利益金三二三、七六七円は客観的合理性があり、この金額に基いてした更正所得金額三二八、〇〇〇円は違法でなく、右更正所得金額をさらに一部取り消して所得金額を金二九〇、〇〇〇円とする本件再調査の決定は、むしろ低きに失するものであり、何らの違法はない。」と述べた。(立証省略)

理由

原告が肩書地で理髪業を営む者であつて、被告に対し昭和二六年分所得税の総所得金額を金一九九、二三六円、これに対する所得税額を金八、六〇〇円として確定申告をしたのに対し、被告が右総所得金額を金三三八、〇〇〇円、これに対する所得税額を金五一、六八〇円と更正してこれを原告に通知したので、原告が再調査の請求をしたところ、被告が右請求の一部を理由ありと認め、総所得金額を金二九〇、〇〇〇円、これに対する所得税額を金二五、二六〇円と右更正処分の一部を取り消す旨の再調査の決定をして、これを原告に通知し、さらに原告が大阪国税局長に対し審査の請求をしたが棄却され、昭和二八年六月一四日その通知を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

原告は、昭和二六年中の原告の総所得金額は金一九九、二三六円であり、被告の認定した金二九〇、〇〇〇円は過大であるから違法であると主張するので、判断する。

一、被告が原告の総所得金額を更正するにあたり、所得税法第四六条の二第三項による推計の方法によつたことについて。

成立に争いのない乙第一号証、証人古瀬重治の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二十六年中の営業についての帳簿を作成しておらず、また被告の係官が、昭和二六年秋頃原告の同年分の所得調査のため、さらに昭和二七年秋頃再調査の請求に対する調査のため、それぞれ原告の店舖におもむいて、帳簿その他の参考資料の提示を求めたが、原告は何らの資料を呈示せず、また再調査の請求につき証拠書類を提出しなかつたことが認められるから、被告が実額計算によらず、いわゆる推計々算によつてその所得金額を認定したことを違法ということはできない。

原告は、昭和二六年中、日計表を記帳していたと主張し、これを甲第一号証の一ないし二五六として提出するのであるが、原告が右日計表を係官に提示しなかつたこと(原告は、提示しなかつたのは係官からその要求がなかつたからである旨の供述をするが、証人古瀬重治の証言にてらし信用しない)、いずれも成立に争いのない乙第七、八号証によれば、理髪料金は昭和二六年中四月及び一〇月の二回にわたつて値上げされ、各業者がいずれも右値上料金に従つていたことが認められるのに、右日計表に記載された理髪料金額及び値上げの時期はこれと符合しないこと(原告だけが他の同業者と異なる料金で特に営業していたことを納得させる資料は何もない)、日計表のうち、五月三日、四日、五日の分は、その日付の記載が、また一〇月二〇日、二一日、二二日の分は、その曜日の記載が、それぞれ三日間連続して訂正記載されていること(このことはこれらがその日その日に記載されたものでないことを疑わせるに充分である)、その他右日計表の記載の体裁、その書証としての提出時期等、弁論の全趣旨を綜合すれば、甲第一号証の一ないし二五六は、昭和二六年中、原告が日々の料金収入の都度正確に記載したものでなく、かつ、当時存在しなかつたものと認めるのが相当である。従つて右の記載が原告の収入金額をそのまゝ伝えるものということはできず、これによつて原告の収入金額を計算することはできない。以上の認定に反する原告本人尋問の結果は信用しない。

二、原被告の主張する損益計算書の金額を比較してみると、支出の部(必要経費)においては、その各科目中公租公課の額を除いて、当事者間に争いがなく、公租公課の額につき、被告は原告主張の金一七、一〇〇円を上廻る金二四、八〇〇円を主張するのであつて、その差額につき原告において明らかに争う趣旨とも解せられないから、要するに争点は収入の部の収入金額だけである。

三、収入金額について。

(一)  原告が池田市栄町商店街に面積八坪の店舖を有し、理髪椅子六台とそれに応じた必要設備器具類及び二間の待合設備を営業設備とし、原告自身理容師として営業に従事するほか、理容師免許を有する雇人三名がその営業に従事していたことは当事者間に争いがなく、証人日置乗嘉、同堀辺邦夫、同荒木六平、同西野恒次郎の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告の営業の規模は池田市内において大体中流の中ないし上位であることが認められる。

(二)  前記の乙第七、八号証、証人日置乗嘉の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告の営業時間は大体午前七時から午後八時まで一一時間であり、また一般に、営業時間から食事、準備、客待等に要する時間を除いた従業員の接客する実働時間は、年間平均して営業時間の六割程度であつて、一日につき約六時間半であることが認められ、原告の場合に特に右の割合があてはまらない事情は認められない。

(三)  昭和二六年中における年間営業従事日数が、雇人市村外意につき二四五日、同北浦よし子につき二七四日、同岸本栄につき二九〇日であることは当事者間に争いがないので、原告自身の従事日数について考えてみる。原告が昭和二六年一二月七日からすい臓えそのため入院し、同年末までの二五日間営業に従事しなかつたこと、同年中の定休日が五二日あつたことは当事者間に争いがない。証人日置乗嘉、同古瀬重治の各証言、原告本人尋問の結果(一部)を綜合すれば、原告は理髪技術の研究会の講師等として大阪市へ出張し、技術指導にあたつていたが、その回数は週二回程で、それも定休日とか営業時間終了後の夜間であることが多かつたことが認められる。証人荒木六平、同西野恒次郎の各証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は容易に信用できないし、また、原告が大阪府理髪理容組合の理事としてひんぱんに外出していたことを確認せるにたる証拠はない。このような事情を勘案すれば、被告が原告の就業支障日を一ケ月当り二日(年間二四日)と推定したことは相当であるといわなければならない。そうすると、原告自身の就業日数は、昭和二六年中の日数三六五日から病気による休業二五日、定休日五二日(この中には、同年一二月七日以降の右病気による休業中の定休日と重複するもの二ないし三日を含むから、これを除くと一月二日三日の休業日を別に考慮する必要はない。なお一月一日は定休日にあたる)と右支障日二四日を差引き、二六四日となるから、これに前記雇人三名の従事日数を加えると、原告の営業の年間延従事人員日数は合計一、〇七三日となる。

(四)  証人日置乗嘉、同河田敏雄の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、一般に、各理髪種類の来客状況を加味した客一人当りの平均所用時間が四五分であることが認められ、原告の営業に右の事実があてはまらない事情は認められない。

(五)  昭和二六年中における客一人当りの平均料金が金七〇円であることは当事者間に争いがない。

(六)  以上の各事実を綜合すれば、原告の営業における年間の

総実働時間は、四一八、四七〇分 (6時間半×1,073=418,470分)

来客延人員は、九、二九九人   (418,470分÷45分≒9,299)

収入金額は、金六五〇、九三〇円 (70円×9,299=650,930円)

となり、右計算はその基礎及び方法において合理的であるといえるから、被告が右金額をさらに下廻る金五六五、〇一一円を原告の収入金額と認定したのを過大であるということはできない。

四、そうして、右収入金額金五六五、〇一一円から必要経費(被告主張の損益計算書の支出の部の金額の合計)金二四一、二四四円を差引くと利益金(総所得金額)は金三二三、七六七円となるから被告が再調査の決定にあたり再正処分による認定金額の一部を取り消し、総所得金額を右利益金を下廻る金二九〇、〇〇〇円と認定したのを過大であるということはできず、右金額の認定は不当ではない。

以上の理由によつて被告の処分は正当であり、憲法第一三条第二九条に違反するところはない。従つて、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 山田二郎)

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